新・持久力の研究(最終回)

「バケツの水」

 これまで、何度も遅筋と速筋の振る舞いや特性を調べてきました。そして、我々速筋クライマーがフィジカルな持久力を向上させるには、速筋の筋持久力を鍛えることなのだということに、ようやく、たどりつきました。テクニカルなアプローチは既に実践してきています。そして、速筋のフィジカルな持久力とは何かを調べているうちに、それは速筋の酸素借能力を上げることだということがわかりました。最近では、無酸素運動を酸素借運動と呼ぶようになったようです。それは、システム全体で見れば、実際に無酸素で運動するわけでなく、酸素を前借して、後から酸素を返す仕組みから、酸素借運動と表現した方が適切なのでしょう。
 それぞれの筋肉の持久力を例えるなら、遅筋の持久力は、水道水のようです。遅筋の能力の伸ばし有酸素運動量を増やすことで、水道の蛇口が緩み、よりたくさんの量の水が出るようになるイメージです。一方、速筋の持久力はバケツの水です。バケツの水を使い切ったら終わりです。ですから、速筋の持久力とは、バケツの水の量を増やすことと、どうやってバケツの水を減らさないかになるわけです。前者はフィジカルな持久力で、後者は筋肉の使い方の問題でテクニカルな持久力と言えるでしょう。このバケツの水とは単に筋肉内に蓄積されたグリコーゲンの量ではありません。我々は、筋肉内のグリコーゲンが枯渇する前に乳酸濃度が飽和して、活動できなくなってしまいます。筋肉内の乳酸濃度と筋肉による血流減少の複雑な反応としてパンプアップを起こしているようです。速筋のフィジカルな持久力やその酸素借能力に関連する要因は少なくとも以下の項目があることが今回の調査でわかりました。

〇速筋系筋持久力の要因
(1) 活動筋量
・筋肉が増えると、筋肉中のATP/CP量も増えます。グリコーゲンの蓄積量も増えます。酸素借量とは使えるエネルギー量に対応するわけですから。その器が大きければ酸素を借りられる量も増えます。
・筋肥大は、最大酸素借を増やすことができるのです。最大筋力向上は、筋肉量×筋動員数なので、最大筋力とも関連します。
・ただし、クライミングに影響のある筋肉を肥らせないと意味がないでしょう。例えば、片足屈伸できる以上の他のスポーツで鍛えた足の速筋は不要ですよね(笑)。
・要するにバケツの水の量を増やすことですね。
・強い力をつけて、技術で力を出し惜しみして継続時間を長くするというのは速筋クライマーにとってベースだと思います。

(2) 毛細血管網の発達
・速筋が作った乳酸を分解するのは遅筋です。遅筋の毛細血管網が発達すれば、ミトコンドリアへたくさんの乳酸を運べるので、乳酸を素早く分解してくれるはずです。
・速筋と遅筋を白筋と赤筋とも呼びます。毛細血管網は遅筋に発達するようです。
・ある見解では、白筋にも毛細血管網をつくって、乳酸排泄能力が上がるようなことを書いてあったのですが、白筋でも毛細血管は発達するのでしょうか。これは、ちょっと疑問です。
・乳酸を遅筋へ運びこむMCTというキャリアがあるらしいのですが、速筋からどのように乳酸を排出するかは、よくわかってないようです。
・毛細血管網は、所謂、低負荷での長時間トレーニングで改善されます。乳酸を分解してくれるミトコンドリア量も増えるようです。
・上昇した乳酸濃度をもとの濃度まで完全に回復させるには30分程度かかるようです。
・積極的回復とは、遅筋を動かすことでより積極的に乳酸を分解することを言っているようです。
・回復時間を短縮できるわけですから、その日のトライ数を増やすことはできそうです。
・我々速筋クライマーの3分~6分の勝負の中では、この乳酸分解能力はうまく使えないのかもしれません。
・付け加えておきますが、遅筋の割合が多いクライマーほど、この力は重要です。と言うより、遅筋の力そのものを使っている割合が多いわけですから、遅筋を鍛えるということ自体の意味になります。

(3) 体質?遺伝?
・アンギオテンシン変換酵素(ACE)という酵素に関わる遺伝子があるらしいのです。遺伝子の一部に配列?が挿入されている「I」型と配列がない欠損型の「D」型の二つがあるのそうで、「II」「ID」「DD」の三種類の組み合わせになります。「I」遺伝子は、ACE活性が低いとのことです。ACEという酵素は、血管を強く収縮させ、血液の循環を制限する。尿の排出を抑制するコントロールをしているようです。
・パンプアップにより、血しょうが筋肉に移動し、循環血液量が減少します。これを体内プログラムが「体液が減少した」ものとみなして、ACE酵素が促されます。体を守るプログラムです。ところが、この血管を収縮させる反応は筋持久力には不利ですよね。
・この仕組みは1998年に「ネイチャー」で発表されているようです。
・無酸素でエベレストを登頂した15名を調べたところ、全員がI型遺伝子を持っていたそうです。そして、そのショッキングな実験結果では、II型の人はDD型の人に比べ、10倍以上も筋持久力トレーニング効果(ダンベルカールで実験)が上がるという結果が出たそうです。DD型の人は筋持久力トレーニングしても効果がないってことでしょうか?(私は何型なのだろう)
・まとめの文句は、「筋線維組成、ACEのいずれの場合も、筋持久力が残念ながら遺伝的素質に強く依存することを示しています。一流になるためには、「自分に合ったスポーツを選ぶこと」も重要なのでしょう。
・なんとも残酷なまとめですね。ただ、我々は楽しみでクライミングしています。また、クライミングはとても複雑です。自分にあった登り方があるはずです。ですから、これは、さらっと聞き流しましょう。
・この遺伝子は、心筋梗塞とか腎臓関連の病気との関連性もあるのでいろいろな研究対象になっているようです。
・一方、スプリント能力については、α-アクチニン3(ACTN3)遺伝子があるようで、この遺伝子には、R型とX型が存在し、持久性のオリンピック選手だとXX型が多くなり、パワー系、スプリント系のオリンピック選手だと、XX型がいなかったという報告がされています。つまり、XX型は、パワー系、スプリント系には不利に働く可能性があるようです。
・よくわかりませんが、これらの、体力に関わる遺伝的要因の研究がなされていて、これが明らかなになると個人に適した運動種目と適したトレーニング方法が見つかることが期待されているようです。

(4) 緩衝能力
・この項目が一番よくわかりません。
・どうも、乳酸発生時に水素イオンを発生するため、筋肉を酸性化してしまうらしく、その水素イオンをアルカリ性の物質と中和させる能力を緩衝能力というらしいのですが。
・短中距離走者とかはこの緩衝能力が高いらしいのですが。
・多分、(3)の体質と同様に、体質的な面が大きいのかもしれません。

(5) 耐乳酸性
・高い乳酸濃度でも筋収縮が行える能力のようですが、観点を変えると、乳酸濃度が高くなると速筋が働かない。よって、遅筋の能力をさしているのではないだろうかとも思えるのですが。
・これに関しては、乳酸をためない筋肉の使い方を学習すべきという意見も多いようです。
・トレーニングによるのではなく、上記の(3)体質や(4)緩衝能力の要素が多いため、そうのような意見が多いのかもしれません。

(6) 体重(残念ながら、やはり体重のインパクトは大きいです)
・重力に逆らうクライミングは体重が減れば、もともとの負荷を下げられるわけですから、バケツの水の減り方が少なくなります。それは、少ない酸素借量(バケツの水の量)でも長い間、速筋を活動させることができるわけです。
・必要な筋肉まで落としてしまうと、バケツの水の量は減ってしまいます。不要な脂肪、不要な筋肉を落とすということになります。
・結局、ダイエットのしがらみからは抜けられないですね。体重が重い方が有利なスポーツ(体重階級のない接触性の種目)もあるのに。

〇 酸素借能力を上げるためのトレーニング方法
(1) トレーニング量とトレーニング強度
・ある体育大学の研究で、トレーニングの量、頻度、期間、強度との相関関係を調査した結果がありました。無酸素系運動での最大酸素摂取量を測って調べたようです。
・その結果、トレーニング量、トレーニング頻度、トレーニング期間も無酸素系運動の最大酸素摂取量の増加には相関がない結果が得られていました。
・強度の高いトレーニングのみが酸素借量向上に相関があるとの結果でした。

(2) インターバルトレーニング(田畑プロトコル)
・運動(負荷)時間が長いということは、結局それはトレーニング強度が低くなってしまってることを意味します。高い強度ほど筋肉に刺激を与え、酸素借能力を向上させます。
・そこから、最大酸素借向上には、インターバルトレーニングが有効であると言われているようです。田畑プロトコルは、そのインターバルトレーニング方法で、いろんな文献で実証テストを行われていました。
・高強度->レスト->高強度->レストを短い時間(20秒と10秒)でリピートすることで、酸素借能力と乳酸を分解するためのの酸素摂取量の向上を同時に刺激するトレーニングだそうです。
・このレスト10秒と言うのは、ATP/CP系(非乳酸系)が回復する前に次の負荷をかけることで乳酸系のみで運動させようという理由のような気がします。
・既に、いろいろな種目で取り入れられて、効果が確かめられているようです。

(3) パンプアップ
・パンプアップは、適したトレーニング量の目安にはよいとされていたようです。
・パンプアップした状態でさらに負荷を掛け続けるとどうなるのでしょうか。以前は、パンプアップしても筋肥大は起きないといわれていたようですが、最近、加圧トレーニングなるものが注目されているようですが、乳酸濃度が高い状態で負荷を掛け続けると筋肉がだまされて筋肥大を起こすようです(あまりに商用的なアピールが多くて本当のところがよくわかりません。)

(4) 超回復の利用
・超回復による回復量はダメージの大きさに依存しないのではないかと言った考え方があります。超回復は0か1かだけで、超回復のスイッチが入った以降の筋肉へのダメージは、単に谷を深くするだけで、回復時間を遅らせるだけだという考え方です。回復時間が長引いても、超回復量即ち前より強くなった量はかわらないということらしいのです。
・その日のトレーニングで1度だけパンプアップさせればよいということです。何度もパンプアップさせても、ダメージが大きくするだけで、それは速筋にとっては意味はないどころかマイナスという話になります。所謂オーバートレーニングですね。
・筋肉のダメージを深くすることがよいことではなくて、超回復が起きる刺激を与え、その超回復の回数を増やすことが重要だということになります。
・化学的な刺激(パンプアップ)についても、1度だけでよいと提案されています。

〇 速筋クライマーの筋持久力を上げるには?
これまでの情報や調査結果から、我々速筋クライマーの筋持久力向上方法をまとめます。
(1) 強度の強いトレーニングを行いましょう。
・強烈なパワーが必要なムーブを行って、速筋を刺激しましょう。
・量ではなく、頻度でもなく、強い刺激を速筋に与えることが重要です。
(2) トレーニングの際に、1度はパンプアップさせましょう。
・パンプアップはトレーニングの日に1度だけ行いましょう。
(3) レストしましょう。
・速筋の超回復には、レストが必要です。また、疲れが残り超回復に時間がかかり、次のサイクルまで長引くようなダメージは逆効果です。
・超回復を毎回のトレーニングごとに成功させることが強くなるためのコツのようです。
(4) インターバルトレーニング
・大きな動きで力がいるボルダー課題を続けて、登りましょう。10秒あけずに登りましょう。
(5) 炭水化物をたくさん摂取しましょう。
・たくさんのグリコーゲンを筋肉内に蓄積して、バケツの水を増やしましょう。バケツの水はグリコーゲンだけのことではないと言いましたが、多くのグリコーゲンを蓄積することで濃度が高くしておくことは効果的でしょう。
・週末外岩、週半ばジムの場合だと、月~木はタンパク質多目に摂取し、木~土曜朝にかけては炭水化物を多目に摂取とかどうでしょうか。ただ、炭水化物類は多く摂取しすぎると脂肪にかわりますので、適量というのが難しいですね。

〇 持久力クライマーの遅筋の持久力トレーニング方法は?
速筋クライマーの筋持久力向上方法について調べ、整理してみました。反対に、超持久系(遅筋率90%以上?)クライマーのトレーニング方法はどうなるのでしょうか。次のとおりです。
(1) 毎日登りましょう。
(2) ずっと登りましょう。
(3) ずっと壁に張り付いていましょう(周りの状況を考えてね)。
になるわけです。また、超持久力クライマーは、連日登っても、疲れません。超回復はありませんから、毎日トレーニングした方がよいのです。土日登っても、日曜日にパフォーマンスが下がりません。まぁ、指皮とかの再生にレストがいるんでしょうけど。速筋クライマーは連荘クライミングしても二日目に成果を出すことは難しいでしょう。超回復の原理からトレーニングとしては、逆効果と言っても過言ではありません。遅筋クライマーは連荘クライミングでどんどん能力が上がって生きます。一方、速筋クライマーは連荘クライミングでどんどん能力が落ちていきます。でも連荘クライミングは楽しいですし、フィジカルなトレーニングが全てではありませんから、私は行きますけど。

〇 標準クライマーのトレーニング方法は?
・遅筋と速筋の両方をうまく使って登る標準的な筋肉割合のクライマーにとっては、ルートや長ものトレーニングが、インターバルトレーニング的な要素を含んでいるのでしょう。
・一定の負荷をかかる課題より、高強度(速筋)->レストポイント(遅筋)->高強度->レストポイントとなるような課題はインターバルトレーニングに似たトレーニングになり、速筋の酸素借能力と乳酸分解能力を上げるのに効果的と推測できます。ただし、このレストポイントでLT値を超えてしまっている場合は、このトレーニング方法は別の意味のトレーニングになってしまいます。その場合は、速筋クライマーと同様に、高強度な負荷のかかるボルダーを「ぜーぜー」しながら、続けて登る方が効果があるかもしれません。
・速筋への刺激を加えるために、強度の強いトレーニングもした方がよいでしょう。
・遅筋に特化したトレーニングは長時間かかりますから、時間的な効率を考えると、クライミングでは実際には行えないような気がします。別途、ランや水泳などで体全体の有酸素運動の向上トレーニングをした方がよいのかもしれません。

 極端な速筋クライマーと極端な持久力クライマーを例にして、検討してきましたが、速筋と遅筋の割合は個性であって、さらに体重との組み合わせ(重量系速筋、軽量系速筋、重量系遅筋、軽量系遅筋)で、いろいろな特徴と特性が出てくるのだと思います。そして、その体質と特性ごとに登り方は違い、そのための効果的なトレーニング方法が変わってくるはずだと思うのです。クライミングは、とても複雑な運動です。テクニカルな要素が非常に高いです。また、負荷をかけると言っても、陸上や水泳等のように、直接筋肉に負荷をかけることができません。登ることによって負荷をかけるので、なかなか、強度の強いトレーニングとかを行うことができません。ただ、そのための方向性とかは、今回の調査、検討で、かなり整理できたと思います。割合は違えど、我々は速筋と遅筋の両方を使ってパフォーマンスを上げるわけです。それぞれを鍛えるため、異なるトレーニング方法を混在させなければなりません。しかも、その割合がみな違うということです。なかなか難しいですね。今回調査検討したように、遅筋と速筋では持久力のトレーニング方法が全く違います。それを理解してトレーニングをすることがより強くなるために必要だと思います。少なくとも、このブログで何度も述べてきた「人それぞれに適した登り方があって、それに適したトレーニング方法があるのではないか?」は正しいような気がします。クライミングは複雑です。複雑がゆえに、いろんなタイプの人が楽しめる運動だと思うのです。いろんな特性の人がいろいろな登り方をしている。だから、面白いと思うのです。だけど、そのトレーニング方法とかは、かなり画一的に感じます。インストラクターがこう教えてくれたから。あのうまい人はこうやってトレーニングしてるから。本にこう書いてあったから。だけど、それは、自分にあったアプローチでしょうか。その人の特性やバックグランドを理解して、自分にあった方法を見つけることが大切で、それにより楽しさがまた増すような気がします。

きん
by Climber-Kin | 2010-03-11 12:10 | クライミングの研究 | Comments(4)
Commented by 無名のK at 2010-03-11 21:22 x
吉田さんとことあわせて読んでいたら、脳味噌の酸素借能力が限界に達しました。

水道とバケツのたとえは秀逸ですね。

私的には「超回復」が最重要だと思います。何も考えずに追い込んでいるだけ?の若人が強いのはその一点に尽きるのではないかと。
Commented by Climber-Kin at 2010-03-11 23:02
K師、早々にコメントありがとうございます。超回復の重要性、同感です。若者は回復力が強いですよね。がむしゃらにトライするのは、インターバルトレーニングになっているのかも、しれませんね。チエ嬢が間髪いれずトライして筋肥大してるように。ビパンの課題はATP/CP系が多いので毎日やっても強くなれるのかもしれません。効率は置いておいて、とにかく、筋肉に刺激を与えることが大切なような気がします。
Commented by ○べ at 2010-03-14 23:23 x
田畑プロトコル調べたのですね。速筋系クライマーに効果ありそうな
トレーニングですよね。超回復についてですが一般的には48時間ぐらいと言われていますが私の実感として加齢とともに回復に時間がかかっている気がします・・・
Commented by Climber-Kin at 2010-03-16 00:16
〇べちゃん、田畑プロトコルは、いろいろなところで検証されていて効果があるようです。ただ、これをクライミングに適応するには、かなり工夫がいるように感じます。高強度の負荷だとクライミングは落ちちゃいます。方向性としては正しい気がします。
それと、同感です。回復が遅いです。中二日ぐらいでも、登りすぎると回復しないです。
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