新・持久力の研究(3)

「遅筋と速筋の割合」

前回は、我々は速筋(アウターマッスル)の特性をうまく利用して登りましょうという定説的でしたが、戦略的(ストラテジック)な提案でした。今回は少し定量的な情報を調べてみました。我々の筋肉は遅筋(インナーマッスル)と速筋(アウターマッスル)に分類されていて、かかる負荷にしたがって、次のように使われます。下図は、筋肉の細胞数の割合であって、それぞれの筋肉の細胞あたりの筋力が違うので、筋力の割合ではありません。

新・持久力の研究(3)_b0037220_13374884.jpg


負荷がかかると、まず遅筋から使われます。さらに負荷が必要な場合は速筋が使われます。これは、サイズの原理と言われていて、疲れづらくて長く使える筋肉から使うように組み込まれた我々のプログラムです。さらに力を出そうとすると速筋が使われます。速筋は大きな力を出すことができますが、無酸素で動作をするため短時間しか力を発揮できません。陸上競技で言えば、400m走が無酸素で走り抜けられる限界のようです(非乳酸系の持続時間は数秒で最初に使いきってしまいます。乳酸系持久力の限界ということです)。世界記録は43秒台ぐらいなのでしょうか。これは全力フルパワーの話です。クライミングの筋持久力運動では、常にフルパワーを出すわけではありませんので、ここまで短くならないのでしょう。個人差やトレーニングの度合いによって異なるようですが、無酸素運動(乳酸系)で続けられる種目は、1分から3分半ぐらいと言われているようです。そして、この遅筋と速筋の比率は、マラソンランナーが80:20、跳躍や短距離走ランナーが40:60で、日本人の平均は70:30程度と言われているようです。実は、日本人の多くはマラソンランナー並に遅筋の割合が多くて、所謂持久力系スポーツに向いているようです。確かに名前を残した日本人マラソンランナーは多いですね。そして、この遅筋と速筋の割合はそれぞれの細胞の割合で個人ごとに決まってしまっています。どんなトレーニングをしても、それぞれの筋肉の数自体は変わらないようです。乳酸性作業閾値(LT値)近辺でのトレーニングによっては、速筋が遅筋的な動きをしてくれるようになるらしい中速筋も存在するようですが、その割合は少ないようです。そして、その個人差は、体格の違いを見れば、明らかです。割合を見てみると、遅筋と速筋の割合は、4:1から2:3です。つまり、速筋の割合は20%~60%の範囲で個人差があることになります。胴体内にあるインナーコアマッスルのオフセットが含まれているとしたら、恐ろしいほどの個人差があるように思えます。重力に反する運動をするクライミングでは、私のように体重が重い人は、速筋を動員してしまう負荷の閾値(乳酸性負荷閾値?)を下げてしまっているのでしょう。傾斜があると、低い負荷でも、速筋スイッチがオンしてしまうのです。

(1) なぜ、速く登るのか?
20mのルートなら、RPトライにフォーカスし、完全自動化することで、途中の大レストポイントを除けば、3分~6分程度で登れるのではないでしょうか。少なくとも核心セクションは抜けられると思います。無酸素系運動を継続できる時間が1分~3分半だとすると、かなり微妙な時間差なのです。ここに「早く登れ」の根拠があるのです。技術的にこの無酸素系の継続時間を長くしながら、負荷時間を短くするかがポイントかなと思うわけです。ただし、クライミングの運動は終始全力フルパワーを出すのが課題ではありません。いかに力を使わないで登るかです。ですから、速ければよいと言うわけではないはずです。最適なスピード(間合い?)があるはずです。

(2) なぜ、動的ムーブなのか?
無酸素運動とは、酸素を前借する運動です。いわば乳酸を約束手形として発行します。乳酸は後ほど酸素によって、エネルギーに換えられ分解されます。借金経営なのです(笑)。無酸素運動の直後でも息があがりますよね。これは酸素の借金を返済しているのです。そして、速筋スイッチがオンしてしまうと、筋肉が静脈流を閉塞させて、この乳酸を排出できなくなるため、筋肉内に乳酸が溜まってしまいます(債務超過?)。乳酸がたまると速筋は動けなくなります(倒産?)。その対策は、速筋の稼動時間を減らしてやることが効果的だと思うのです。それに都合のよい方法が初動時に負荷を集中させて、その後は、力を抜くことで、この速筋オン時間をできる限り減らしてやることなのです。我々がゆっくりとしたスタティックなムーブを行うと、速筋オン時間が長くなってしまいます。体重が軽くて遅筋が発達している人は速筋がオンしません。だから、スタティックなムーブの方が適しているのです。我々が、力のいるスタティックなムーブを行うと、LT値を超える時間が長くなってしまうのです。状況次第ですが、我々はスタティックムーブをするとかえって疲れてしまう傾向があるのです。もちろん、LT値を超えない負荷の範囲ならスタティックに動いても大丈夫なのでしょう。私は、二子の被ったルートでは、ずっとLT値を超えてしまっているようです。

(3) 遅筋を鍛えるという意味は?
図に示したように、我々は二種類の筋肉を持っているわけですが、さて、遅筋は鍛えられるのでしょうか。トレーニングによって、速筋は肥大化して、筋力が向上します。一方、中筋と遅筋は、トレーニングしても筋肥大は起こしません。つまり、筋力の向上は期待できないのです。それでは、遅筋を鍛えるということは、どういうことなのでしょうか。それは、有酸素によるATP再合成能力を上げて、その活動能力と活動時間を向上させるということです。それは、最大酸素摂取量を増やすことであり、そのために低負荷での長時間のトレーニングを毎日繰り返すことなのです。マラソンランナーは2時間~3時間の長時間にわたって、遅筋へ酸素を供給し、グリコーゲンと脂肪を使ってATPを作り続けることをしているわけですね。で、クライミングでは、どうなんでしょう。アルパインクライミングとか、マルチピッチ等では、この有酸素系持久力は非常に重要であることは容易に想像できます。また、通常行っている我々のトレーニングは、ボルダーも、ジムルートも、ボルダー壁の長手ものとかも、基本的に速筋を鍛えていることなのですね。我々が目標としているルートに対して、「遅筋を鍛える(有酸素系の向上)」というのは、どんなインパクトがあるのでしょうか。乳酸を酸化するのは遅筋内のミトコンドリアで行うようです。体内の乳酸濃度を下げて、速筋が動ける状況に戻してくれています。速筋が作った酸素の借金を遅筋が返してくれているようです。

常に速筋ばかり使っていると、速筋スイッチオンしやすくなり、遅筋で維持できれるはずの場面でも、速筋を稼動してしまうようになる悪い癖もあるようです。遅筋がさぼりだしてしまうようです。遅筋と速筋の割合自体は決まってしまっているわけですが、両方で高い能力をあることが理想的なのでしょう。クライマー分布想像図を載せます。前回の記事では、速筋クライマー以外は持久力クライマーと解釈をされていたようなので、今回は「標準クライマー」と「強強クライマー」の分類を加えて表現してみました。この図が正しいかどうかはわかりませんが、個人差があることは確かだと思います。また、遅筋の筋力は、トレーニングしても向上させられないということがわかってきました。筋力を向上できるのは、速筋しかなく、我々の筋持久力を向上させると言う意味は、速筋の酸素借能力を上げることなのだろうということは、なんとなく理解できたような気がします。だけど、次の疑問が出てきます。酸素借能力って何なんでしょう?たくさん酸素の借金ができれば、それだけ無酸素で長く運動できるわけですから、うれしさと振る舞いはわかります。でも、具体的にはなんなの? 耐乳酸性といわれている筋持久力の方は、疑問視されている意見も多いです。以前の記事に書いたように、乳酸をためないような筋肉の使い方を学習すべきだという考えもあります。とりあえず、遅筋が少ないことを嘆いても仕方ありません。それに、遅筋は、これ以上力をつけてくれないようです。よって、速筋を強くし、効率的に使う方法を検討していくべきだということはわかりました。そして、我々、速筋クライマーは、いや標準クライマーもそうでしょう。借りた酸素の借金をどこで返すのか。酸素の借金を終了点や大レストポイントで返せる場合はいいのですが、レストポイントでレストできない場合は、やっぱり安全圏まで走り抜けるしかないのですかね。あたりまえか。私がこうして、調査、解析、そして理解しようと思うのは、本質を理解したいからです。研究は続きます。で、あなたは、どこに分布してますか?
新・持久力の研究(3)_b0037220_13222712.jpg


P.S
少し話がそれますが、常に速筋ばかり使っていると、速筋スイッチオンしやすくなると書きましたが、インナーコアマッスルがさぼりだすと、背骨がずれてしまい、腰痛の原因になるようです。また、ボルダーばかりやっていて、たまにルートをトライすると力ばっかり入っちゃいますよね。このあたりが関係しているのかもしれません。少しルートトライを継続すれば、すぐに戻ると思います。自動化中のトライしているルートではそうならないと期待したいです。ジムボルダーでも、易しめの課題は、できる限り力を抜いて登るように意識した方がよいのでしょう。力づくでオンサイトしたボルダー課題も、力を抜いてもう一度登るというのはムーブを学習することと力を抜いて登るという習慣をつける両面の効果がありそうです(なかなかできないんですけど)。ボルダーばかりやってるとルートが登れなくなるという人がいますが。これは、筋持久力がなくなったわけではなくて、神経系の影響です。あまり神経質にならなくてよいように思います。

きん
Commented by 無名のK at 2010-02-25 21:10 x
速筋屋さんにはやはり「休めぬなら休まずに行ってしまえホトトギス作戦」が最適です!
Commented by ozk at 2010-02-25 22:55 x
きんさん、仕事してますか(笑)?

>安全圏まで走り抜けるしかない

これに一票!
Commented by Climber-Kin at 2010-02-25 23:08
全てを悟っているk師、まぁ、そうなんですが、前提をもとに、ロジカルに組み立てて、納得しないと気がすみません。前提が違うとロジックで違う結論になってしまいます。ロジック立てるのが仕事なもので。悲しい性なのかもしれません。
Commented by Climber-Kin at 2010-02-25 23:12
ozkさん、コメントありがとうございます。ozkさんがコメントしてくれないとね。実は失業中です。

冗談です。開発した製品のマニュアル作りで、ドキュメントを書きまくっている最中なんです。170ページ書きましたが、とにかく苦痛です。煮詰まっちゃって、全然違うことを考えて、違うことを書きたいんですよね。
Commented by H山 at 2010-02-26 15:36 x
自分も間違いなく速筋クライマーです。かなりグレードを下げないと持久力クライマー的な登り方はできません。
自分はボルダーも長モノも自分には両方必要だと思ってやってます、というか、どちらも面白いんですよね。ボルダーはパワーと神経系、長モノはリズムと流れを作ってそれに乗る練習だと思って。どうやら自分は「速筋力」を温存するために、「標準クライマーの皮をかぶった速筋クライマー」を目指しているような気がします。
Commented by Climber-Kin at 2010-02-26 17:36
H山さん、コメントありがとうございます。リズムと流れをかなり気にされてますよね。私も両方やった方がいいと思います。また、それぞれのフェーズがあるのだろうなぁと思ってます。私はチーウォールの1級を目標にがんばってきていて、自分ではボルダー強くなってきていると自負しています。それで外岩のグレードも上がってきたと思っているのですが、ところが、最近では進化する3-4級あたりではまってます(笑)。どうも、何か変えないと、これ以上ボルダーは強くなれないような気もしてきてます。それは保持力と筋肉のスピードかなぁと。だけど、それは一番難しいですよね。H山さんみてるとボルダーと長もの両立できるんだなぁと感心してみてます。私はエキセントリック系(伸張性収縮)の動きが大の苦手なので、まずはインターバルトレあたりから始めようかなぁと思っています。
Commented by shibausa at 2010-03-03 21:37 x
私も類を違わず速筋クライマーです。12Cまで登りましたが、登れないときはまったくもってだめ。登れるときは一気に行くのでなんだか次のグレードも意外とすぐに行けちゃうんじゃないのというあまい誘惑に駆られます。
今は備中に近い倉敷市に住んでますが昨年末持久系クライマーみぽりんさんが来て大暴れしてかえられたようです。あいたかったなぁ
Commented by Climber-Kin at 2010-03-03 23:44
shibausa様、コメントありがとうございます。登り調子の時はガンガン行ってください。12cまで来たら、次は得意系の13トライするしかないでしょう。がんばってください。備中ですか、行ってみたいですねぇ。300km以上の運転は辛くて、長期休みの計画は予定が決めづらく、全然遠征計画が立たないんですよね。でも、備中はいつかは行きたいと思います。その際は宜しくお願いします。
by Climber-Kin | 2010-02-25 12:50 | クライミングの研究 | Comments(8)

 弱いわりには頑張っている、還暦を迎えた初老クライマー。体力と気力の衰えを感じながらも、13を10本!を登りたいなぁ。12以上100本も達成したいな。を目標にがんばっている日々を綴るクライミング日記。でも、最近はハイキングと沢登りばかりです。


by ヘビークライマーきん